月輪古墳 と 工房王子

月輪古墳 と 工房王子 赤  畠   太
伯父にあたる今は亡き備前焼の人間国宝、藤原啓、長男の備前焼人間国宝 藤原雄両先生の許に十六年余、独立を決意し、昭和六十二年十月、郷里の美咲町王子に登り窯を築き、工房王子と名付けました。翌年正月二日、雄先生をお招きして、初窯だし。以来、備前焼千年の原点を見つめながら暮らしに結びついた花器や食器、などを焼き続けて居ます。
わがふるさと王子は、吉井川と吉野川がたおやかに流れ、小高い山並み、緑の田畑が箱庭のように広がる美しい郷です。私がこの地に窯を築いたのは、古墳時代からの先人たちが、鉄を作り、土器を焼いていた古い文化の地であり、その“古代のロマン”を現代の焼き物に活かしたい、と考えたからです。私の工房に近い標高320mの山頂にある月の輪古墳は、昭和二十八年から町教委や地区住民のカンパと汗の奉仕で発掘、整備され“月の輪方式”として名高い古墳です。規模から吉備王国と関係ある有力な首長の墳墓とみられています。この古墳から出土した鉄製の武具、各種の埴輪、首飾りなどをみるにつけ、古代の先人たちの文化性の高さが忍ばれます。その地方から出土した陶棺や埴輪などから古墳時代、土と炎による“焼き物の里”であったともうかがわれます。
私はふるさとの土にぬくもりを、この膚で感じ取りながら、人と器が真にふれ合う陶器の創造を目指し、赤松の立ち登る炎を私の生命力として精進して参りたいとおもっております。